毎日が特別な一日

お供え用の花
(画像はお供え用の花)

ご入居者様 ご家族様

5月、父親の忌月です。

介護の仕事をしていると、“元日”からはじまり“季節行事の日”“記念日”そして“大晦日”として、意識をしながら、ホームでできる『演出』を最大限表現しようと心がけています。

自分自身にとっても、何らかの理由をつけて“特別な日”が訪れます。
そのような日は、1日の時間を「大事にしよう!」と意識し過ごしたりすることがあります。

しかし、介護業界の悪しき文化的なところで“流れ作業”“一日をまわす”“業務をまわす”という傾向があったりするのも事実です。
そして、“作業が早く業務をまわす”ことができる人材を、『優秀』と評価することもあります。
否定はしませんが、それが正しいことなのかは、疑問です

先日、ご入居者様から
「足がおぼつかなく、転んで怪我をしないように支え合いながら歩いている私たち夫婦の前を、ワゴンを持ったスタッフが横切り、びっくりした」というご意見をいただきました。
ご意見をいただいた後、即座に統括リーダー、該当部署の室長、該当者が、ご本人へ謝罪させていただきましたが、自分にとって、このご意見はとても深いものです。

「その日」を大切にされているご入居者様。「業務として一日をまわす」スタッフ。

同じ一瞬一瞬、一時一時をミソノピアホームにて過ごしている、“ご入居者様”と“スタッフ”ですが
意識の差は、大きな違いがあるように感じました。

『今日の一日、もう二度とやってこない一日』だと感じながら、一つひとつのやるべきことを大事に意識し行動することができるスタッフを育てなければいけないと反省しております。

“明日ありと思う心の仇桜 夜半に嵐の吹かぬものかは” 親鸞聖人 絵詞伝
(仏教のお坊さん9歳の頃に詠んだ句)
解説:今、美しく咲いている桜が、明日も見ることができるだろうと安心していると、
夜に強い風が吹いて桜の花が散ってしまうかもしれない。ということの教え

今日という日の大切さを自分たちは、十分に理解し行動していけるホームでありたいです。

父親とは同じ干支で、三回り違いです。
もっと語り合う時間が欲しかったし、教えてもらう時間が欲しかったです。   ・・・と、思う皐月です。