ミソノピアロゴ

施設長から読者の方へ

お庭の蝋梅と三渓園

100
お庭の蝋梅

ご入居者様 ご家族様

1階庭園、散策路のはじまりに、甘い香りのする黄色い花を咲かせている木があります。
名前は、『 蝋梅 』(ロウバイ)です。
冬から春にかけて花を咲かせる「ろう細工」でできたような艶のある半透明の花びらが特徴です。

蝋梅の花ことばは・・・・「慈愛」
親が子をいつくしむような深い愛情を意味しているとのこと。
寒い冬、心にやさしく寄り添ってくれるような・・・ことのようです。

いつからでしょうか? この花の開花を楽しみに待ち、好むようになっていました。
はじまりは、神奈川県横浜市「三渓園」という公園で、この花を知ったのが、20代前半です。

30年前のちょうど今と同じような時期、介護業界で働き始めて、まだまだひよっこの自分は、ご高齢者の方々の付き添い人員として「三渓園」にお供いたしました。 あまり背の高くない蝋梅の木に、みなさんが寄り添うかのように、花を眺められていたことを忘れられません。

以前から、花に興味があったわけでもなく、木々に詳しく勉強したわけではないのですが・・・
花を見つめられていらっしゃる方々のお姿に、とても感動いたしました。
その当時の2月は、まだまだ寒かったことを覚えていますが、ご高齢者の方々をご案内できたことに喜びを感じていたからだと思います。

「三渓園」のことを少しご紹介しようと、調べてみたところ・・・

三渓園は、生糸貿易により財を成した実業家 原 三渓 によって1906年5月公開されることになりました。
原 三渓(本名:富太郎)とは
岐阜県厚見郡佐波村(現在:岐阜県岐阜市柳津町)代々に渡り庄屋をつとめていた青木家の長男として誕生し、1888年頃、跡見学園助教授となり、縁あって原家に入籍。原家の事業を引継ぎながら、生糸輸出をはじめ経営の近代化と国際化に力を入れ、実業家として成功を収められたとの事。

不思議なもので、ホーム庭園に咲く、蝋梅の黄色い花を紹介したく調べてみると、岐阜県と結びついて・・・

原 三渓 は、17歳の時に上京して東京専門学校(現 早稲田大学)入学されます。 その後は、横浜市に拠点を築かれますが、岐阜の故郷に気持ちを寄せ、つながりは終生消えなかったそうです。

寄り添う・・・蝋梅に、故郷に、そして、人に。
誰かに寄り添うことができる人とは、相手の気持ちを考えられる人とのこと。

自分は、神奈川県で育ち、愛知県でお世話になっています。
(調べていくうちに、不思議と頑張らないと!チカラがはいります)

にほんブログ村 介護ブログ 有料老人ホームへ にほんブログ村 介護ブログへ

シェアお願いします↑